「自分には出来ない。」という思いは溜まっていく。それがやりたい事を阻害する原因。
一悟術ヒーラーの山田純平です。
赤ちゃんや小さな頃は自分では出来ないことが大半ではないでしょうか。
「そんな事は当たり前!」だと思うかも知れませんが、
「出来ない自分」が、自分の心にずっと残っているとしたら厄介です。
それが影響して、自分が何かして、うまく出来なかった場合に、
自分を否定して、ダメな事、ダメな人のように思ってしまうのかもしれません。
だから、何かができるようになるのが嬉しいのかもしれません。
仕事で指示されたことが期限までにできなかったり、内容がいまいちだったりすることも、あると思います。
そのときに、多かれ少なかれ「出来ない自分」が出てくるのが普通だと思います。
期限までにできなかった自分を否定したり、
内容に不備があったことをダメとしたり。
日常でよくある話ですが、出来ない自分を見たくないがために、無理してでも納期を守ったり、完璧を目指したりするように感じます。
私はバリバリそうでしたね。
「出来ない事実」を作らないことが最優先になってしまっていたので、めちゃくちゃ完璧を目指して頑張っていました。
ただ、残念なことに感覚的な私にとって、システムエンジニアの論理的な作業を完璧にこなすなんて、無理だったのです、、
新入社員研修のときに、「これは場違いな職種に就職してしまった、、」と思いました。(笑)
でも、そんな自分を責めて、100点を目指して頑張っていました。
でも、資料の誤字脱字もあるし、理解不能な文章表現もあり、上司やお客さんに指摘されると、めちゃくちゃ怖れの感情が出てきて、自己嫌悪になり、凹んでいました。
そんな自分が嫌で頑張って、システムエンジニアとしての成長はできましたが、体や心はかなり疲弊していました。
「ダメな自分だから、もっと完璧を目指さないと。」そのために無理していたので、それは疲弊してしまうのも仕方がりませんね。
でも、同じようなケースは多くの人にあるように感じます。
誰でも出来ない自分は見たくないものです。
だから、間違いを指摘されると怒りが出てきたり、過度に謝ってしまったりするのだと思います。
私の場合は怒りが出て、なんとかごまかそうとすることが多かったですね。
もちろん、当時はそんな心理プロセスだと知らなかったので、「あいつムカつく。」くらいの残念な発想でした。(笑)
相手が親切で言ってくれていても、反応的に怒ってしまうこともあり、苦労しましたね。
ですので、「出来ない自分」を受け入れて、ある意味開き直ることが、より自分らしく、幸せになっていくコツだと思います。
努力しなくていいという意味ではなく、「完璧な人間にはなれない。」という事を受け入れる感じです。
うまくいかなければ、必要に応じて努力すればいいと思います。
私は人前でのスピーチは得意ではないのですが、
別にそれを上手にこなす必要も、そうしたい訳でもなので、そこに労力を使いたいとも感じません。
出来ない自分をちゃんと受け入れる訳ですね。
それよりも、自分がやりたい事に労力と時間を使うほうが幸せだと思いますし、結果も出やすいと思います。
ですので、出来ないことはダメとして、がむしゃらに頑張ってしまったり、過度に自己否定してしまうと、もったいないと思います。
これは得意。
これは出来る。
これはやりたい。
という自己理解と
これは苦手。
これが出来ない。
これはやりたくない。
これはやる必要がない。
という自己理解。
どちらも大事だと思います。
自分は自分でしかありません。
私がどう頑張っても、M-1で優勝はできないでしょう。
もちろん、お笑い芸人として生きていきたいのであれば、チャレンジはするでしょうが、
そうでないなら、頑張ることはないでしょう。
どう頑張っても、バッタは魚にはなれないわけです。
ダメな自分を受けいれて、自分のやりたい方向に時間と労力を使えると、人生がスムースに望ましい方向に進むのだと思います。
一悟術ヒーラー 山田純平