感情を厄介者にすると、人生が楽しくなくなる。

一悟術ヒーラーの山田純平です。 1日の仕事や日常生活で感情は何度も出てくると思います。 今日は感情が全く出なかった。ということはないと言っても過言ではないと思います。 ちょっとした苛立ちや、怖れなどの感情は誰にでも出るものだと思います。 そして、それは、劣等感や罪悪感、自己否定感などにくっついていることが多いと感じます。 仕事のタスクを忘れていたのを指摘されて、「やばいっ!」と思った時に、自己否定感が出てきて、そこに怖れや悲しみ、時には怒りがくっつくのが主だと思います。 人と直接対話していなくても、コンビニで店員のレジ打ちが遅ければ、いらっとすることもあるかもしれません。 でも、それはある意味自然な状態だと思っています。 赤ちゃんなんて、感情出まくりですからね。 超自然体なのだと思います。 もちろん、周りの反応なんてほぼ気にしていないでしょう。(笑) それはそれで、幸せな生き方のように思ってしまいます。 多くの人は赤ちゃんのときはそんな自然な状態だったでしょうが、成長するにつれて、感情を出すことがダメなこととして教育されてしまいます。 嫌いな食べ物がランチで出てきたら、嫌だ!という仕草や表現をするのが子供だと思います。 その時に、親に叱られると、この表現はダメなことなんだと学びます。 そして、同様の嫌なことがあっても、感情を表現しないまま抑圧して、親に従う生き方を覚えていきます。 こうして、嫌なことを無理して対応する大人が出来上がっていくのだと思います。 もちろん、子供のようにわがまま三昧では社会生活はスムースにはいかないこともあると思います。 だからと言って、自分の思いややりたい事、感情を無視してしまうのは勿体ないと感じます。 優等生で生きるのは面白くないものです。(個人的な感想ですが、) それは、世間一般で善しとされる人物像に自分を合わせていくことになるため、自然な自分の状態から無理がかかります。 この無理が多くなればなるほど、人生が楽しくなくなっていきます。 それはそうです。自分のためでなく、世間一般に善しとされる人物を演じる人生ですからね。 でも、その生き方を教育されるのが一般的だと思います。 そして、それが当たり前過ぎて、疑問にも思わない人も多いのかもしれません。 失敗すれば劣等感が出るのは仕方がないでしょうし、 遅刻すれば罪悪感も出るでしょう。 でも、それがある意味自然な状態とも言えるので、その時のネガティブな思いや感情を無視しないで、感じていけるといいですね。 それも自分の一部、一要素です。 そこから目をそむけると、自分自身を見ないこと、受け入れないことになってしまいます。 イケてる自分も、残念な自分も存在するのが普通だと思います。 ですので、ネガティブな自分も受け入れていけると、人生開き直って、楽しく生きやすくなると思います。


一悟術ヒーラー 山田純平

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