山田純平が天職を見つけるまで。(その13)

一悟術ヒーラーの山田純平です。 前回は 精神世界に興味を持ち、様々なワークショップやセミナーに参加して、「手放す」ことに意識が向いた という話を書きましたが、その続きになります。 「自分らしく稼いで生きる。」という内容のセミナーに参加することにしました。 「自分らしく」という言葉に惹かれたのかもしれません。 それまでは、やりたい事、天職、生きがいを探して行動していましたが、何か正解を求めている感じで進展はあまりありませんでした。 ただ、「自然に関すること」というキーワードは重要な感じがしていたので、意識していました。 「自分らしく」という表現も自然な自分。 地球環境の自然も大事だと感じていましたが、自分の中の自然なものも大事だと思っています。 そんな時に見つけたセミナーです。 実際にセミナー会場に行ってみると、みんな笑顔で楽しそうな感じがしました。 無理して作っている感じもあまりせず、自然に馴染みやすかったのを覚えています。 そこで、自分らしさや、どう生きたいか。などのワークショップが中心で、席の周りの人たちとのシェアもありとありました。 その頃はまだまだ頭が固く、思考だけで考えて、良い答えは見つからない状態でした。 周りの人たちがとても楽しそうにワークをしているように感じ、自己否定や劣等感を感じたものです。 「自分はできない人だ。」みたいな感じです。 ただ、周りの人たちが気軽に声をかけてくれるので、そこで何か閃くものがあればと思って、頻繁に参加することになりました。 自分ではなく、他の誰かに答えを求めてしまっていたのですが、その時は気がつかず、良き出会いを求めていた感じがします。 ですので、どこか依存的で、答えを持っていそうな人を探していた気もします。 その場は、みんな楽しそうで、こちらも楽しくなるのですが、セミナーが終わると、「今日もやりたい事は見つからなかった。。」と現実に戻る感じでした。 今から思えば、興味が少しでもあることをチャレンジして、楽しかったか?あんまりだったか?を感じて、精査していけばよかったように思いますが、当時は新しいことは怖く、失敗も怖いメンタリティだったので、どうしても引っ込み思案な感じでした。^_^; 正直、誰かに引っ張ってほしい感じでしたね。 それくらい、自分のことを主体的に見れていなかったのだと思います。 こんな状態だったので、やりたい事は見つからずに時間だけが過ぎていきました。 当時は31歳か32歳くらいで、もう後がない、、となぜかとても不安に思っていました。 今から思えば、全然やり直せる歳なのですが、その時はそうは思えないものですね。 「将来の仕事や今後の生き方」」について不安がどんどん溜まっていった時期でもあります。 そのプレッシャーがどんどんきつくなり、日々の生活でも、不安が強く出てくるようになりました。 そんな中、ある人の一言が心に響くのでした。 続く・・・

一悟術ヒーラー 山田純平

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