山田純平が天職を見つけるまで。(その14)

最終更新: 4月20日

ヒーラーの山田純平です。 前回は 将来の仕事や今後の生き方に、不安がどんどん出てきた という話を書きましたが、その続きになります。 自分がしたい事が見つからない、、 そんな不安がどんどん大きくなっていきました。 見つけたいのに、見つからない。 どうしていいか分からないので、さらに不安になっていきました。 また、心の奥のほうでは、新しい道に進むことをビビっている自分がいました。 どうなるか分からない未知の世界。 当時の会社を退職することになるかもしれない、とてつもない不安。 それが怖くて怖くて仕方がない自分がいる状態でした。 結構、ビビリなんです、、 小さな頃から、傷つかないように、失敗しないように生きてきましたから。 自分のやりたい事や好きなことよりも、傷つかない事が優先でした。 思い返すと、もったいない子供時代、学生時代でしたね。 ずっと無難に学生やってましたから。 でも、傷つくことよりはマシだったので、仕方がありませんでした。 それ以外の選択肢はなかったですね。 どんだけ、トラウマが多かったでしょう。(笑) そんな事もあり、次の人生に進むのが怖いまま、セミナーに参加していました。 正直、誰かに引っ張ってほしい気持ちもありました。 自分では怖くて、進めなかったので、、 そんな心の声を察してか?セミナーで会った人に 「後は、一歩踏み出すだけだね。」 と言われました。 自分の本音をグサッと言われた感じで、ショックでしたが、納得感もありました。 やりたい事が見つかったら進むのではなく まずは「やりたい事をして生きる!」と決めるのが先だったのです。 確かに次の道が見つかったら、今の仕事を手放そうと思っていましたので、、 まずは、手放すのが先なんですね。残念ながら、、 当時は大阪のシステム開発の会社に勤めていたのですが、「自分が生きる場所はここではない。」と確信していました。 ですので、今の囚われを手放すということは 「今の会社を辞める。」選択になってしまいます。 会社を辞めてから(囚われを手放して)から、次の人生へ本気で進む感じです。 でも、次の宛もなく会社を辞めて、生きてけるのか?と真剣に悩みました。 そして、怖くて怖くて仕方がない状態でした。 今思えば、システムエンジニアとしての技術はあるので、再就職も全然しやすいのですが、当時はそんな事を考える心の余裕もなく、「やばい、やばい」と思って苦しんでいました。(笑) 会社を辞めたら、家族や同僚や友達になんて思われるだろう。 社会の落伍者のようになってしまう。。 無職か、フリーターみたいな32歳は残念な生き方だと感じていました。 「世間の目」を気にしすぎていただけなのですが、当時は退職すること自体、ありえない選択でした。 このまま今の会社で働くのも辛い。 でも、辞めるのは怖すぎる。 頭の中ではこの無限ループがなんかも回っていました。 答えの出ない思考です。 未知の世界へ進むので、絶対大丈夫!なんて選択はまずないでしょう。 ですので、いくら考えても、絶対に安全な新しい人生はありえないと感じます。 でも、、安全や安心感が欲しい思いが出てきます。 それでは、人生に変化は起きにくいでしょう。 残るか?進むか? 変化したいのであれば、会社を辞めるしか選択肢はなかったのですが、怖れと不安がそれを引き止める。 そんな思いが膨れ上がり、心がだんだんと耐えきれなくなっってきました。 このままだと心が壊れてしまうのでは?という状態になった時、「辞めよう。」と思えました。 心の負荷がかかりすぎて、ちょっとやけくそになっていた感じもします。 死ぬくらいの強烈な怖れがあったので、それなら辞めるほうがマシだと判断したわけです。 そして、その後は、辞めたら周りがどう反応するかを考えるようになりました。 なんとか、一歩前進ですね。 ただ、進んだら進んだで、また手放す必要があるものが出てきました。 その話はまたの機会に。 続く・・・

ヒーラー 山田純平