山田純平が天職を見つけるまで。(その15)

更新日:4月20日

ヒーラーの山田純平です。 前回は このままでは将来への不安でココロが壊れてしまう、、と感じ「会社を辞めよう。」と思った という話を書きましたが、その続きになります。 心がつらすぎて死ぬほど辛かったので、「もう、会社を辞めるしかない、、」と思いました。 「今を手放すしかない。」 そう考えたわけです。 ただ、それで素直に行動できるほど甘くはありませんでした。 というか、未知の世界がそれだけ怖かったということです。 会社を辞めるしか、自分の生きたい人生を生きる方法はない。と思いつつも、辞表を書くのをためらっていました。 心で思うのと、実際に行動するのとでは、コミットの度合いが違うのでしょう。 そんな事を考えながら、どのタイミングで辞表を出すのか考えていました。 今すぐか? 今の担当システムの納品が終わってからか? ボーナスが出た後か? 四半期の切れ目か? 色々考えましたが、よい答えは出ませんでした。 そして、なぜ辞めるのが怖いのか?を考えるようになりました。 辞めることは決めたから出てきた発想なのでしょう。 これはこれで、大きく一歩進んだ感じです。 そして、辞めるのが怖い理由を探すうちに 「母親を悲しませたくない。」という思いが出てきました。 親と私で同居生活をしていたので、私がいなくなったら母親はどんな気持ちになるのだろう? 母を見捨てるような感じもあり、それが引っかかっている感じがしました。 別に一緒に住まくなったら、親子の縁が切れるわけではありません。 なぜか、極端な発想になっていました。 そして、その理由を考えていると、 親の面倒を見なくなる自分が非難されるのが嫌な感じがしてきました。 周りの評価を気にしていたのが正直なところだと思います。 また、母親は良い学校、良い会社に入るのが子供の幸せと思い、勉強をさせていました。 会社を辞めて、次の働くが決まっていない。というのは母親の思いを無駄にしてしまうような、罪悪感もありました。 結局は「残念な息子」と思われたくない。ということになるのですが、それよりも自分の生きたい人生へ進みたい思いが強かったですね。 母親の子供への思いはありがたいものです。 ただ、それが原因で私自身が無難で喜びの少ない人生になっていいのか?と何度も考えました。 感謝はしていますが、母親のために私は生きている訳ではありません。 自分の人生ですので、当たり前の事なのですが、無意識的に親や上司、友達のために自分の望む選択を曲げることが誰にでもあるように思います。 嫌われたくない思いがあればあるだけ、自分の軸がぶれてしまい、他人軸で生きることになってしまいます。 この時は「周りになんと言われてもいい!」と決めて進むしかないと思いました。 そして、まずは母親に会社を辞める事を伝える必要があると感じました。 その時の話はまたの機会に書きたいと思います。 続く・・・

ヒーラー 山田純平


9回の閲覧0件のコメント